スリランカ 津波による被害について





津波後の3日間

Tsunami Journal

 筆者は、多くの死者を出したゴールから車で20分ほどのヒッカドゥワに住んでいます。家はビーチから1キロほど内陸に入ったところにあります。私の目から見た、津波発生からの数日間をお伝えしたいと思います。
 12月26日。この日は日曜日と、ポヤ・デーという満月の日の祝日にあたり、いつもどおりの青空の広がるいいお天気でした。目覚めの紅茶を飲んだ後、夫と弟は、毎週日曜日にヒッカドゥワの駅前で開かれる朝市に、野菜を買いに出かけました。津波が起きた午前10時過ぎ、私は家で掃き掃除をしていました。揺れもなく、津波にはまったく気付きませんでした。

 そこへ近所の子が血相を変えて走ってきて、「水がくる。水がくる。早く逃げて」と言われました。まさか津波とは思わず、何が起きたのかまったくわからなかったのですが、その尋常ではない様子に、ともかく家中の窓やドアを閉め、目に付く電化製品をタンスの上に上げ、いくらかの現金をポケットにつっこみ外に出ました。

 ちょうど向かいのドイツ人に会い、「友人がビーチにいて、逃げて帰ってきた。どこかで地震が起き、ヒッカドゥワのビーチにも津波がきたらしい。でもここまでは来ないから大丈夫だろう」と聞きました。朝市の開かれる場所は、海からほんの100mほどのところにあります。私は夫と弟のことが心配で、とても自分だけ避難する気にはなれず、庭に座り二人の帰りを待つことにしました。

 しばらくして、同じように朝市に行っていた隣の家のお母さんとおばさんが帰ってきました。手には何も持たず、裸足で泥まみれ。家族たちの顔を見て安心したからでしょうか。泣き崩れ、抱えられながら家に入りました。私はこの時、想像以上の津波が押し寄せたことをさとり、夫たちに何かあったかもしれないと覚悟しようと思いました。それから二人が帰ってくるまでの数十分は、とても長かったような短かったような時間でした。何を考えていたのか、ひとつも憶えていません。

 疲れ果てたようすで帰ってきた二人の話によると、野菜を買い終わり帰ろうとしたところ、津波が押し寄せ、あっという間に膝上まで水に浸かったそうです。大勢の人でごったがえしてた朝市はパニック状態になり、大混乱になりました。二人は荷物をすべて捨て、周りにいた人々と高いところに逃げ、内陸の道を通って歩いて帰ってきました。乗っていったバイクを見捨て、泥まみれでしたが、ともかく無事でした。

 その後、詳しい情報を得ようとしましたが、電話、電気ともに通じず、非常用のラジオでも今後の津波については何もコメントがありませんでした。「また津波がくる!」というデマに近い情報に振り回されながら、ともかくすぐに走って逃げられるように準備しておくようにしました。


 ちょうどクリスマスから年末年始と、1年でもっとも多くの旅行者でにぎわう時期だったので、ビーチ沿いのホテルやゲストハウスには多くの外国人が泊まっていました。津波は、ほとんどのホテルの一階部分を直撃。ガラスが割れ、テーブルやイス、コンピューターなど、一階に置いてあった物はすべて海の持っていかれたか、海水をかぶり使い物にならなくなっていました。

 津波発生後、旅行者はビーチから内陸に走って逃げ、寺や民家に避難していました。我が家にも日本人5名が滞在していました。ろうそくの灯りだけで夕食を済ませ、すぐに逃げられるように貴重品をまとめ、いつもより騒がしく感じられる波の音を聞きながら夜を明かしました。
 12月27日。夜が明け、紅茶と昨日山ほど買ってきたビスケットで簡単な朝食を済ませた後、津波後初めてテレビのニュースを見ました。電気は、昨夜遅く復旧しました。ニュースの映像では、ゴールのバススタンドに濁流が押し寄せ、少女たちが流されまいと、必死に崩れかけた建物の柱にしがみついているようすが流れてきました。大型バスの天井部分はほんの一部しか見えません。とすれば、足はつかない深さです。その後、無惨にも何人かの少女達が濁流にのまれてしまいました。ゴールの町は、南部では大きな都市で、バススタンドはいつも大勢の人でごったがえしています。そこへ津波が襲ったのでしょう。私はヒッカドゥワ以上に、他の都市が大変な状況になっていることをさとりました。

 ヒッカドゥワの町に出て、津波の被害を目の当たりにし唖然としました。ビーチ沿いに走るゴールロードは崩れ落ちた瓦礫やガラス、流された木々や車、ボートなどが散乱し、歩くのもままならないほどです。再び津波が来ることを恐れて、避難しているのでしょう。人の気配がまったくせず、まるでゴーストタウンです。ヒッカドゥワの中心であるバススタンドやビーチ沿いに並ぶ商店は、すべて津波の被害を受けていて、内陸のお店でしか物を買うことができません。昨日、バイクは海水につかり使い物にならなくなっていたので、私たちの移動手段は1台の自転車か徒歩しかありませんでした。

 お昼頃、弟が電話をいろいろと試してみた結果、かけることはできないものの受け取ることはできるようになりました。携帯はすでにプリペイドカードが切れてしまっていました。日本でもだんだんと津波の被害がわかり、ニュースで報道され始めた頃です。私は昨夜、ほんの数分ですが妹からの電話が携帯につながり、無事を伝えることができたのが幸いでした。また、避難していた人の中に、海外でも使用できる携帯を持ってきている人がいたので、他の人はその携帯を借りて日本の家族には無事を知らせることができました。

 そこへ、夫の友達が米や野菜を持って来てくれました。私はなんとかメールの送信とサイトにメッセージを残そうと、友達のバイクに乗せてもらい電話回線を求めて内陸まで探しに行きました。しかし残念ながら、ネット接続ができるスリランカテレコムはどこもつながっていないようでした。もちろん携帯のプリペイドカードはどこでも売り切れでした。

 電話屋ではサンテルやランカベルのラインはつながるとのことで、とりあえずコロンボの日本大使館に電話をかけることにしました。しかしコロンボは津波による被害がまったくなかったとみえ、私が状況を説明してもヒッカドゥワの混乱ぶりが想像できないようでした。飛行機さえ飛んでいればフライトを変更してすぐにでも帰国したいという人がいたので、空港やフライトの状況を聞きましたら、「通常どおりです。フライトの変更は航空会社のカウンターもしくは旅行会社を通してください」というお答え。私はすでに日本大使館には、日本人の帰国や安全確保のための窓口やシステムができていると思っていたので、びっくりしました。「私の家に避難している人の氏名をお伝えしましょうか」と言うと、「ではお願いします」とメモを取っていたようでした。そのようすでは、スリランカ在留者の安全確認もまだされてないのだなと思いました。

 ヒッカドゥワでは、ビーチ近くに置いてあった車やバイクが海水をかぶってしまったのと、ガソリンスタンドが閉まっていてガソリンが手に入らないので、車の手配がとても難しい状況でした。加えて、内陸でも軍や警察がガソリンの販売の規制を始めており、長距離を走れるだけのガソリンが買えないとのことでした。ともかく、夫の村の友人に、何とかコロンボまで車を1台手配してもらうよう頼み、もしできるようなら早朝迎えに来てもらうようにしました。

 この時点でも、津波の被害にあっていると思われる親戚や友人には連絡を取ることができませんでしたが、どうすることもできませんでした。


 この日の深夜、一時的ですがネットがつながり何十通ものメールを受け取りました。
 12月28日。無事、車の手配ができ、2名の方がコロンボに向かいました。まだ海岸沿いの幹線道路は通れる状態ではなく、内陸の細い道を通っていかなければなりません。通常なら2時間半ほどの道のりですが、その倍近くかかったと連絡をもらいました。ヒッカドゥワからは、走れる車を動員して、旅行者をコロンボに送り出しました。

 実際のところ、ビーチ沿いのホテルはまだ滞在できる状態ではなかったので、旅行者はお寺や民家に避難したまま。救援物資も届かず、開いている商店も少なく、たとえ開いていても食料がほとんどない品薄な状態では、多くの旅行者を長く泊めておけなかったでしょう。我が家は井戸水を使っているので、沸騰させた水を飲用していましたが、旅行者にとってはミネラルウォーターの確保も大変だったと思います。


 意外にもコロンボの対応が素早かったようで、ヒッカドゥワ一大きいコーラルガーデンホテルでは、大型バスがコロンボから迎えに来たので、この日の朝ヒッカドゥワを出ています。また外国人負傷者は、お寺に収容されていましたが、彼らもコロンボからの迎えの車に分乗し、コロンボの病院に向かいました。

 ゴーストタウンとなっていたビーチ沿いのホテルやレストランでも、人々が戻り片付けを始めました。人力での作業なので時間はかかりましたが、なんとかヒッカドゥワ周辺は車が通れるまでになりました。


 しかし、この頃から被害の状況がはっきりし始め、遺体の回収が進み、町でもあちこちの家々でお葬式をしていました。ヒッカドゥワの町では外国人二人を含め百数十人の死者が出ただけでしたが、ゴールの町に行ってたり、バスや列車に乗っていて被害にあった人が多かったようです。

 いつもは、道で知り合いに会うと、実に楽しそうにおしゃべりを始めるスリランカの人々が、皆押し黙って歩いています。笑顔どころか、表情がなくなってしまっていました。

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Copyright (c) 2005/01/10 Reiko Ando All rights reserved.






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