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はじめに…
このページは、津波の後、友人や知人から私のもとに寄せられた「私たちに何かできることはないか?」という沢山のメールに答える形で作ったものです。「私自身何ができるか」と自らにも問いかけ、出した答えは、まずはスリランカの現状を伝えよう、そして、義援金という形で集まったお金をスリランカの復興に役立ててもらおうというものでした。
預かったお金をスリランカ政府や援助団体に渡してしまうのが一番簡単な方法ですが、そうしてしまうとそのお金が誰にどのように使われるのか具体的にはほとんどわからなくなってしまいます。ならば私自身が歩き、自分の手で救援活動をしようと思い立ちました。
わずか2000万人にも満たない国民のうち、3万人以上が亡くなり、80万人以上が家を失い避難生活を強いられています。まずは、早急に食料や医療品の供給が必要ですが、実際の復興、人々の暮らしの立て直しには、数ヶ月から数年単位での長期的な支援が必要かもしれません。
スリランカでは、ほとんどの海岸線沿い地域は津波の被害を受けていますが、私が実際に動きやすく、地元の人たちとも連絡が取りやすいゴールの町で、支援活動をはじめたいと思っています。
2005.1.10
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まもなくあの津波から丸2年が経とうとしています。私自身は幸いにも津波の被害にあいませんでしたが、普段生活していた町が一瞬のうちに瓦礫の山と化し、多くの人の遺体を目の前にして、何かをせずにはいられませんでした。
津波の数日後、自転車で海岸沿いのヒッカドゥワの町に行ってみると、「また津波がくるかもしれない」との恐怖のためか誰もおらず、聞こえてくるのは波の音だけでした。いつもはどこかしらか音楽が流れ、外国人旅行者が行き交い、大きなクラクションを鳴らして車が走るゴールロードが静まりかえり、家や塀が崩れ落ち、電信柱が倒れ、ボートや車が建物などに突き刺さっているという風景に声をなくしました。真っ青な空とのコントラストに目がくらみ、しばらく立ち尽くしていたのを覚えています。気が付いたら涙を流していました。その衝撃が私を突き動かしたと思います。
ただ今回のような救援活動はまったくの初めてで戸惑うことも多く、「誰にどうやって支援したらいいか」悩みながらの活動でした。結果として、お預かりした義援金のほとんどを公共性の高い学校と病院の再建費用として使わせてていただくことにしました。至らぬ活動だったと思いますが、どうぞご理解いただけますようお願いいたします。
*義援金をお送りいただいたかたには、メールにてご報告いたします
2006.12.23
安東 玲子
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救援活動の報告(2006年12月23日更新)
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津波の被害について
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救援活動について
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津波日誌(津波後の3日間)
■義援金の受付は終了させていただいております。
津波支援についてのご質問、ご意見などは
管理人
までメールにてお送りください。
▼皆さまからお預かりした義援金は、下記の通りです。ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
皆さまからお預かりした義援金
511,000円
US$932
(アメリカより)
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