■ 『スリランカのお坊さん』![]() テーラワーダ(上座部仏教)は戒律の仏教ともいわれる。守らなければいけない戒が、比丘(男性出家者)は250戒、比丘尼(女性出家者)は実に約500戒もある。出家できない一般の在家者は、お寺や僧に布施をして功徳を積む。布施とは(日本ではすっかり「お金」のことをいうようになってしまっているが)、食べ物や花、オイルランプを捧げたり、寺の手伝いなどの労働など広い意味がある。バスで僧に席を譲るのも布施である。 「坊主丸儲け」や「くそ坊主」の言葉があるように、日本では僧侶に対してあまりいい印象を持っていない人が多いのではないか。もちろん中には立派な方もいる。しかし残念なことに、私たちは仏法の導き手として僧侶を敬うことを忘れて久しい。そこから考えると、スリランカの僧侶は実に尊敬されているように見える。人々は僧の足元にひざまずき尊敬の念をあらわす。お寺にはお茶を出したり、食事を運んだりする世話人がおり、僧が動かなくていいようにまめまめしく働き世話をする。スリランカの中でも、村に住む僧よりも人里離れた山に住む僧のほうが尊敬されるように、より俗世間から離れているほうがよいとされるのだ。 しかし、よくよく人々に話を聞いてみると、僧侶への不信感が強いことがわかりびっくりする。布施される食事について指示する者、寄付金を持って逃げ還俗して家を建てる者、近くに女性を住まわせ自分の世話をさせる者と、僧らしからぬ僧が多いというのだ。袈裟をつけていればどんな人間でも敬うべきいう考えが根底にあるため、日本のように表立っての批判はないが、厳格な戒律を守り修行にはげむ仏教僧のイメージとはほど遠いのが現実のようだ。 話をしてくれた人に、「じゃあ日本と変わらないのね」と言うと、「いや。日本の僧は結婚してるだろう」と区別された。テーラワーダでは僧が妻帯するというのはありえない。たとえ建前上であってもだ。そう言われてしまっては話にならないのだが、いずれにしても日本でもスリランカでも「いい僧侶」に出会うのは大変なことで、いい縁を結ぶため個人個人が日々功徳を積まなければないないということであろう。 2003年7月23日 →TOP PAGEへ |
![]() ■ 人里離れた山の上の小さな寺院で過ごす老僧。周囲の村人たちのわずかな布施で暮らしている ![]() ■ 村の中にある小さなお寺。全部で4人の僧侶が生活していた ![]() ■ お葬式に呼ばれた僧侶たち。少年僧も含め10数名が席に着き、おごそかに式が始まった |
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