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スリランカに恋して
 『布施する』

 
 


 「今日はアームスギビングがあるんだ」。スリランカ人からこんな言葉を何度となく聞いた。『アームスギビング』は、自宅に僧侶を招き、食べ物を接待する布施のことである。

 日本だと「布施」というと「お金」というイメージが強いが、テーラワーダ(南方上座部仏教)では、僧侶がお金に触れることを禁じている。(※といっても、スリランカでも実際にこの戒をまもっている僧侶は少ないのが現実であるが)そのため、スリランカでは食事を布施することが多いのだ。

 新しく家を建てるとき、亡くなった人への供養のためと機会はさまざまだが、この日にアームスギビングすることが決まると、近所や知り合いに告知する。当日は家族総出で僧侶を迎える準備をする。部屋を掃き清め、食事を作り、食器にいたるまで念入りにチェックする。食事を作るときの注意点としては、味見をしてはいけないと言われた。僧が食べる前に私たちが口をつけてはいけないのである。

 テーラワーダの僧侶は、正午を過ぎると食事をしてはいけないことになっている。なので、だいたい11時すぎから始まることが多い。僧侶が到着すると、まず玄関口で水の入ったバケツに足をひたし清めていただく。その足をタオルで拭くのは在家の役目である。次々と僧侶が座り、部屋は十数名の僧侶でいっぱいになった。

 ひとしきりお経をよんだところで、食事を給し始める。ライスのほかに10種類以上のカレーが用意されている。その中にはチキン、魚もあり、特に野菜のみというわけではない。男性が皿をもち、僧たちに次々と料理をついでいく。少なくなるとおかわりをして回り、なかなかきめ細やかなサービスをしている。食事が終わり、果物や甘いお菓子を配りお茶をだして終わり。最後に読経があり、新しい僧衣や身のまわり品を渡すと、僧たちはさっと立ち上がり家を出ていく。この間40〜50分ほど。

 この後、集まった近所の人々や友人たちの食事の時間となる。訪れる人々は皆手に袋を持っている。布施をした家に、砂糖を持っていくのが慣習らしい。私も1キロの砂糖を買って持っていった。

 私は家族のかたの好意で、僧たちが食事をするところを見せていただいたが、普通は友人たちは庭で椅子に座り、おしゃべりをして待っている。逆に、僧が帰った後でも、次々と人々が訪れるのだ。

 日本では、「これだけ布施をした」「ご利益がありますように」と、布施をした相手やその御利益に目がいきがちだが、スリランカでは布施をするという行為そのものがとても大切なことのようだった。

2003年7月30日



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布施を受ける少年僧





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